永代供養・一珠会について

本堂に向かって左側にある小堂には等身大の虎の木像がおわします。それは、当寺の開山・祥岩存吉禅師が狼の難に遭われた時、薬師如来のお力により救われたという、当寺の建立の由来となった故事 「不思議なるかな目前の斑石たちまち化して虎となりその狼を追散し・・・」(当山略縁起より)にならい、本尊の薬師如来の御利益・霊験の顕在のため、虎に化身されたお姿をお祀りしています。虎像については、「寛政4年(1792年)の大火にも焼けることなく木虎像が残った」との一文が記録にあることから、当寺では、古くから薬師化身仏の虎像と薬師如来像の二つのお姿が山内にお祀りされていたようです。虎の像は、左甚五郎作とも云われておりました。
江戸期には、常仙寺の建物が灰燼に帰する様な火事や大地震が何度かあったにもかかわらず、お薬師様と化身仏の虎は共にご無事のまま、江戸の人々の篤い信仰を得ましたが、明治41年に当地に移転し、大正12年の関東大震災の際、本堂の倒壊により、虎像は下敷きとなり失われました。時の住職は次のような手記を残しております。「震災で本堂が倒壊した際、ご本尊は不思議なことに何も破損がなかったが、その時同じ本堂にあった虎の像は、修復不能なくらい無残なお姿になってしまった、どうやら本尊の薬師如来像や近隣の方々(寺の近隣はなぜか被害がなかった、常仙寺本堂だけが倒壊)の身代わりとなって、この難を受けられたようだ。」とあり、感謝の念と共に復興を決意しました。その後、昭和13年の寅年に現在の薬師堂と新しい虎の像が再建されました。初代の虎の原型が失われたため、元のお姿とは異なりますが、背後に薬師如来のお力をお助けする十二神将を配し、堂々と周囲を圧する威厳あるお姿です。 また当寺の山号の石雲山は「斑石が雲が湧き立つように大きくなって虎に化した」という言伝えにより、石雲山と号します。


薬師堂




虎像 ※夜間外を歩いて人々を驚かせた、という云伝えのため、夕方には檻に見立てた扉を閉めます